'97.6.29
 新宿路上にて
 新宿路上にて白昼一人歌った。誰一人立ち止まる人はなく、「なるほど。 難しいものだ」と、自分の表現者としての未熟さを思い知る。そして今回の反省を 謙虚に捕らえ、次回はもっとうまくやろうと思った。

 もともと「今回は初めてだから様子を見る程度にしよう」と軽く思っていたのだが、 これがなかなか大変。とても良い経験をしたと思う。アマチュアミュージシャン必読。 そして自分に自信が持てない、度胸をつけたいという人も必読!

12:50
自宅発。前日の台風は予想通り昨夜速度を速めたため、今日は昼頃から晴れ上がってきた。 ギターをかついで電車に乗る。

13:20頃
新宿着。暑い。とりあえず予定していた辺りをウロウロする。すでに何組かのグループ (民族音楽の人たち。どこのか知らない。秋葉原なんかでもやってるのを良く見る) がスタンバイしている。彼らは発電機を使い、本格的だ。

他にはカラスを腕に留まらせて「カラスは頭がいい」と主張しているおじさん。 前に見た事があるが結構人が集まる。

劇団っぽい数人のグループが何か演じてる。これは初めて見る。

あと、最近良く見かけるが、紙の人形みたいなのが動きまわるやつ。生きているように 自分で動くように見える。種を知りたい人はそれを買ってくださいという事らしい。

それらを眺めて場所を物色したのだが、途方に暮れる。こんな所でひとりで歌うのやだな。 帰ろうかなと思い始める。とりあえずビールを飲もうと思い、駅の方へと逆戻り。
 だいぶ歩いてビールの販売機を見つけた。500ml1本、350ml1本購入。普通缶は ウェストバッグへ入れ、ロング缶を飲みながらまたホコ天方面へ向かう。相変わらず 「やだなぁ。みんなに”やるやる”って公言しちゃってるもんなぁ。やっぱりやめたって のもなぁ・・」
実際数名には決意表明していたのだが、本当のところそんなのはなんとでも言い訳できた。 「なんかね。やる雰囲気でもなくてさ」とか軽く言ってしまえば済んでしまう。それよりも 自分に対して情けない気持ちになってしまうのだ。確かに一人で歌う様な雰囲気ではない。 だけどわしゃーやらねばならんのだ! 今日こそやらねばならんのだ!

14:00過ぎ
 マルイの前あたり、道を挟んで伊勢丹が見えるあたり。車道と歩道の境のブロックに腰を 降ろす。冷静にギターケースの表に「KEN_BC ライブスケジュール」の紙を貼る。 ギターを取り出すとおもむろに立ち上がりジャンジャカ弾きはじめた。最初は適当にコード を弾いているだけ。ああやっぱり音が小さい。隣の民族音楽の人たちはアンプから音を出して 良い調子である。これじゃ何にも聞こえないだろうな。どうしよう。せっかく立ち上がったのに このまま座って「やっぱりやめた」じゃあまりに惨めだ。ええい面倒だ。歌っちまえ!

 「ガムをかむ」のイントロ。開き直ったつもりだが歌いはじめの部分、歌えない。 もしも同じような経験をした人がいたらわかってもらえるだろうか。なにしろひとりなの である。人は多いが誰も見ていないし、誰に頼まれた訳でもない。あるのは「今日は やるんだ」という自分の決意だけ。これが仕事とかで誰かに命令されたものだったら 別だろう。「やってこい!」「やって来ました!」これはまだ簡単だと思う。 また、前に何度かやったが、今は無き原宿ホコ天などで何人かで集まってやる場合、 これは全然楽。仲間はいるし、歩いている人もバンドを見にきている。なんて楽なんだ。

 何度か躊躇した末、ついに声をだした。

「ほぉぉぉぉくそえぇぇぇんでガムをかむぅぅぅぅ」

伊勢丹の前で休んでいる人がボーと見てる。たまに通り過ぎる人がビックリしたりする。

「ふぅぅぅぅてくさぁぁぁれてガムをかむぅぅぅ!
 ひといきぃぃいれてぇぇぇガムをかむぅぅぅぅ!
 ぼんやりぃぃしながらぁぁぁガムをかむぅぅぅ!」

誰一人立ち止まろうという人はいない。だけどなんか痛快だ。伊勢丹にぶつけるように 力いっぱい歌ってみる。

「ガムをかむぅぅぅ! ガムをかむぅぅぅ! とにかく ガムをかむぅぅぅ!!」

1コーラス終わる頃には酔い加減も良くなってきてすっかり調子にのってきた。
 振り返る人は振り返る。ギターケースに貼ったライブ情報を一応見ていく人もいる。 それなりに面白い事が書いてあったら読もうという事か。

 一曲終わった。終わった後の静けさがたまらない。道端に置いたビールをすかさず 一口飲むと、自分が冷静になってしまう前に2曲めへ。

 何を歌ったかあまり覚えていないがとにかく6曲程やったと思う。その間何人かは 振り返ったが、あえて顔を背けて通る人もいる。関わり合いになりたくないのだろう。

14:40頃
 場所を変えようと思い立つ。どう考えても横の民族音楽との音量差があり、自分の 音は消されてしまっている。どうせだから場所を変えて試してみよう。
この頃にはだいぶ酔っ払って来ていて行動が少し大胆だ。まるで釣り人が釣り場を変えるような 軽い気持ちである。おもむろにギターをしまうとその場を立ち去った。

 2本ともビールを飲みきったのでとりあえずビールの販売機を探そう。歩き回って ようやく酒屋を見つけた。上機嫌で500ml缶を購入。すれ違った女性が妙に派手で 大柄だった。よく見ると男の人だった。(実際はあまりよく見なくても女装した男性だった) ここは新宿2丁目。


15:00頃
 新宿2丁目交差点あたり、地球堂(だっけ?)の近くに陣取る。今度は人は通るが あまり賑やかではない。車道側でなく、東京電力の入口(休日だからシャッターが 閉まっている)から歩道を歩く人に向かって歌うようにする。

 やっぱり立ち止まる人はいないが、一応ライブスケジュールの紙は見ていく。 「”けんびし”だって」などと口にしていく人もいる所を見ると、”名前を見せる” 程度の効果はあるのかも知れない。
 ここでも5−6曲演奏。

15:40頃

 3本目のビールも飲みきったのでこの場所も後にする事にした。よし、今度は 新宿中央公園へ行こう。かなり調子に乗っている。さっさとギターをしまい、歩き出す。 映画館の前で並んでいる人達。「失楽園」でも見るんだろう。

 民族音楽の人たち、パントマイムをやってる人たち、どれも結構人だかりができている。 こういう場ではやっぱりある程度の音量が必要なんだな(パントマイムの人もラジカセ でかなり大きいBGMを流している)。あと決定的に違うのは「人に見せる」芸が できているということ。私はまだまだ未熟者だ。まあいい。今日は下見みたいなもんさ。

16:00頃

 途中でビール購入。飲みながら歩いたが結構遠い。足が棒の様になる。そう言えば 昼飯もあまり食べてない。ビールで高揚していた肉体を急激に疲労が襲う。

16:20頃

 中央公園に着いた頃にはもう演奏する力は残っていなかった。フリーマーケットも 終わり近くで店も人もまばら。出店でやきそばを買って池の前で食べた。うまかった。  とりあえずギターを出して鳴らしてみたがもうだめだ。帰ろう。

 という訳で新宿路上演奏の1日は終わったのである。

帰りに思う
 「とにかく俺はやった」という実感。これだけはある。次回はもっとうまく、人にも 聞いてもらえるようにやろう。それはもちろん思う。
でも私は今日の「ガムをかむ」を歌い出すまで、歌いだした瞬間を忘れないだろう。

   なんともいえない飛び込んで行くような感じ。
   落ちていくような感じ。
   見栄とかプライドとか全部振り払って決心する瞬間。

快感である。       みなさんもどう?